Soliloquy box

松葉が纏まりのない文章を溢すだけの箱

Short Sentence1⃣2⃣

 

  鳴り止まない警鐘 急所に突き刺さって

  溢れ出た赤は 逃げ場を求めて落ちていく

  大丈夫 すぐに僕は空っぽになるから

  乾いた燃え殻になるまでは 傍に居てくれないか

 

  揺れる視界が すべてを歪曲させて

  凛とした君の姿さえも 捻じれていく

  けれどどうしたって わかってしまう

  君は今 ただ静かに微笑んでいる

  それが一等綺麗なのだと 僕はもう知っているから

 

  きっともうすぐ 何もわからなくなる

  君を思い出すことも 出来なくなる

  それでも僕は 目を逸らさずに

  僕を愛して歪んだ君の 最期をこの目に焼き付けた

  この世界が 闇に包まれてしまうまで ずっと

 

海路の果て

 

 遠く遠くの海で水面が揺れている。そんな幻想に浸りながら、眠りに就くのが好きだった。夢を操れるわけではないけれど、そんな日の夢は必ずそれの続きだった。薄く晴れた昼間の穏やかな浅瀬で、君は水面を爪先で弾きながら笑うのだ。

 

     ☀
 「また来たの」

 夢を夢だと理解してからというもの、彼はこちらの認識に合わせて喋るようになった。だから、最初の一言は決まってこれだ。けれど、いつも私は何も言えなくて、ただ曖昧に笑うだけだった。そして、それを見た彼が、まあいいけど、と足の裏で水面を撫でるのもお決まりの流れになっていた。

 「君もおいでよ」

 珍しく、彼が自らの遊びに私を誘った。ぱしゃりと跳ねる水滴が太陽を反射して光る。いつも彼が波と戯れているのを、跳ねては落ちる水滴を、ぼんやりと眺めるのが好きだった。だから、迷った。自分がそれを生み出す側に回っても良いものなのか、わかりかねていたからだ。いつの間にか私は、その光の粒を随分と崇高していたらしい。そして、同時に彼のことも。否、彼を崇高しているからこそ、そう思っていたのかもしれない。少なくとも、私は彼が好きだったし、尊敬していた。いや、しているのだ、今もずっと。

 「ね、おいでよ」

 「……うん」

 彼がこちらへ腕を伸ばす。そうされてしまえば、断る理由なんて持てなかった。踏み締めるように砂の感触を味わいながら、私は彼の手を掴んだ。彼は、恭しい素振りで私の手を引いていく。足首まで水に浸かったところで、ようやくその手が離れていった。

 「どう?」

 彼が私の顔を見詰めている。私は、なんと答えたら良いのかわからなかった。水が意外と冷たいことを言えばいいのか、水面が光っていて綺麗だと言えばいいのか、はたまた、波が擽ったい事を言えばいいのか。

「……いいね」

 暫く逡巡してから遂にそう答えたら、彼は柔く微笑んだ。彼の機嫌を損ねなかったことに、私は少し安堵していた。けれど、良いことなんて何も無かった。彼が居て、彼の傍でも私の下でも、波は煌めいている。それなのに、私はこれを夢だと知っている。理解して、それでもこれを拠り所としている。こんな幸せはもう無いと手放せずにいる。彼が、本当の彼かどうかなんて、確かめようが無いのに。

  「悲しいの? 」

 再び波と戯れ始めたはずの彼が、気づけばこちらの顔色を窺っていた。後ろから射す太陽が、彼の表情を隠していた。眩しさに目を細める。それで、気が付いた。頬を転がった滴に。口元へ伝う塩辛さに。気が付いてしまったのだ──これが、最後だということに。

 「ううん、嬉しいの」

 零れ落ちる涙を止めることすら出来ないまま、それでも私は嘘を吐いた。彼は少し顰め面をして、嘘だ、と口を窄めた。彼の機嫌を損ねてしまったことが申し訳なくて、私は素直に「ごめん」と言った。口を窄めたままの彼が、静かに近付いてくる。波が立って、たぷんと小さく音が鳴った。そうして私は、彼の温もりに包まれていた。

 「だいじょうぶ、また、すぐ会えるよ」

 背中に手が添えられたのを感じてすぐ、耳元で囁く声がした。瞬間、波の音が大きくなる。ざあ、と風が強くなって、二人の髪を大きく靡かせた。波も風もつめたい筈なのに、太陽も、彼も、私だってあたたかい筈なのに、それらすべてが遠くなっていく。消えて、無くなっていく。視界が、暗くなっていく。

 「約束だからね」

 そう言って笑った彼の声が、聴こえた気がした。

 

 

      ☀

 人の聴覚は、死後数分保たれているという説がある。それは嘘ではないのかもしれない、と私は思う。確かに聞こえた彼の声は、私をうんと強くさせた。だって、目覚めたら、彼は確かに此処に居たのだ。

 だから、私はもう、怖くなんてない。繋いだ手の温もりすら、わからないままだとしても。

 

 

 「だって君と天国に逝けるよう、神様とずっと懸け合ってきたんだから」

 

 

   ───終。 

Short Sentence1⃣1⃣

 「誰かをそっと見守っていられるような、月とか、星とか……そういう存在になりたいんです」

 君はそう言って僕の胸を刺していった。夏の暑さを凌ぐために入った、家電量販店でのことだった。

 刃のように鋭い三日月に心を刺されてしまったから、いっそ星に成れたなら良かった。それなら君も、僕を見初めてくれたかもしれないのに。けれど、それがわからないままなら、そんなものは無いのと同じだ。それなら、もう、何だって良いだろう?

 僕は、どうしたって君の隣に居たかった。君の総てで在りたいと、そう思ってしまった。だからさ、きみが僕に刺した刃を、僕も刺してあげるよ。簡単でしょう。人間はさ、こんな小さな刺し傷だって、致命傷に成るんだよ。こんな小さな傷だけで、君の最期は、僕で一杯に成るんだよ。

 誰かを救いたかった君と、君が欲しかった僕。僕が悪役になれば、君はいつまでもスターのままで居られるよ。ね、ほら、これで僕たちようやく、望み通りだね。

Short Sentence1⃣0⃣

儘ならない生活の中で、自分を痛めつけること。それだけが上手くなって、自己憐憫に酔ったこころが愛されたいと喚いている。きみだけが好きだよ、なんて囁いて貴方は微笑むけれど、それは何回目の嘘なのだろう。そして、そんな使い古しのありふれた言葉を、人工的な甘さを、渇望している私はどれほど浅ましいのだろう。

 私、本当はもうわかっている。貴方がいつか私から離れていくことも、私にとっての貴方だって代替可能な存在でしかないことも。全部わかっていて、それでも毒に侵されたいのだ。だって、これを快感だと教えてくれたのは、他でもない貴方だったから。


 ねぇ、もっと私を可哀想にさせてよ。そうすればきっと私、貴方を解放してあげられるから。

 

 

Short Sentence9⃣

 こころに詰め込んだ希死念慮で咽び泣いても、外側からはわからない。綺麗だねって愛でてくれたきみも、内側を見て距離を取る。逃げてゆく。僕だって逃げてしまいたい。こんなもの、って投げ捨ててしまえたなら、これほどつらくなかったのだろうか。苦しくなかったのだろうか。考えたってもう答えは闇に呑まれて、視力が落ちたこの瞳ではうまく見つけられやしない。けれど、こんなものを大切にしてあげられるのは、きっと僕だけだから。僕を幸せにするのも不幸にするのも、きっと僕にしか出来やしないから。きみが不幸じゃないって否定した、不幸なこころをそっと抱き締める。大丈夫、僕がずっと居る。だから、今度こそ、幸せになろうね。

Short Sentence8⃣

 月が満ちた。まだ、きみは戻らない。

 淡い光の下で撫でた頬の丸みも、少し高めの平熱がくれた温もりも、掌をすり抜ける風のように、闇へ溶けて消えてしまった。きみが与えてくれたすべてが、きみがいない間に重ねた夜へ溶けて、その残滓すら、跡形もなく消えてしまった。僕にはもう、きみがいたという記憶だけしか残っていなかった。けれども、だからこそ僕は、こうしてきみを待っている。溶け残った砂糖みたいに、今も、きみの温もりを待っている。

 月は満ちた。満ちて、きみが戻らないまま、再び欠けていく。

Short Sentence7⃣

最終列車は遠く闇に呑まれて、置き去りのこころがひとつ、哭いていた。白々しい蛍光灯の光は責めるようにそれを見下ろして、生温い風は憐憫の情を持って頬を撫でてゆく。幾度となく刃物で切り裂いた腕は、ぼろぼろのこころを具現化したような醜悪を纏ってじくじくと疼いた。何も無いところへ行きたかった。誰も知らないところへ行きたかった。けれどどうしても、どうしても逝けそうになかった。白線の外側で掻き抱いた身体は、未だ小刻みに震えている。寄り添ってくれる人は、もう、何処にも居なかった。

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