Soliloquy box

松葉が纏まりのない文章を溢すだけの箱

Short Sentence8⃣

 月が満ちた。まだ、きみは戻らない。

 淡い光の下で撫でた頬の丸みも、少し高めの平熱がくれた温もりも、掌をすり抜ける風のように、闇へ溶けて消えてしまった。きみが与えてくれたすべてが、きみがいない間に重ねた夜へ溶けて、その残滓すら、跡形もなく消えてしまった。僕にはもう、きみがいたという記憶だけしか残っていなかった。けれども、だからこそ僕は、こうしてきみを待っている。溶け残った砂糖みたいに、今も、きみの温もりを待っている。

 月は満ちた。満ちて、きみが戻らないまま、再び欠けていく。

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